「集団が苦手」「ひとり遊びばかり…」——子どもの“人との関わり”を育てるためにできること

こんにちは。
園での様子を聞いて、こんなふうに感じたことはありませんか?
- 「集団で遊ばず、いつもひとりでブロックをしているらしい」
- 「周りの子に興味を持たず、関わろうとしない」
- 「同年代の子と遊ばせたいけど、うまくいかない…」
“ひとり遊び”が長く続くと、「このままで大丈夫かな?」と心配になる保護者の方は多くいらっしゃいます。
でも実は、「人と関わる力」は、一気に育つものではなく、“段階”を経て発達していく力です。
今回は、「ひとりで遊ぶ子どもの心の中」と「集団が苦手な子へのやさしい支援」について、専門的な視点からわかりやすく解説します。
第1章 子どもの“遊び方”にも発達の段階がある
子どもが遊ぶときの「かかわり方」は、年齢と発達に応じて段階的に変化します。
心理学者パーテン(M. Parten)の研究によると、子どもの遊びには以下のような発達段階があります。
✅ パーテンの遊びの6段階(例)
- 非関与的遊び(何をしていいか分からず、うろうろ)
- 傍観的遊び(人の遊びをじっと見ている)
- 並行遊び(同じ空間で、別々に遊ぶ)
- 連合的遊び(やり取りは少しあるが目的は別)
- 協同的遊び(役割分担など、目的を持って遊ぶ)
つまり、「ひとりで遊んでいる=遅れている」とは限らず、発達の自然な段階のひとつであることも多いのです。
第2章 “集団が苦手”な子の背景にあるもの
(1)言葉でのやり取りが難しい
→ 自分の気持ちを伝えることや、相手の言葉を理解することが苦手だと、関わることそのものが“苦痛”に感じられることがあります。
(2)感覚過敏がある
→ 音、声、触れ合いなどの刺激が強く感じられ、集団そのものに「疲れる」「怖い」というイメージがある場合も。
(3)“何をすればいいか”が分かりにくい
→ 遊びに入るタイミングやルールが読み取れず、「関わりたいけどどうしたらいいか分からない」と感じている子もいます。
(4)“ひとりの世界”が心地いい子もいる
→ 興味関心が特定の物に集中しているタイプの子は、無理に人と関わるより、ひとりで安心して没頭する時間が必要な場合もあります。
第3章 家庭でできる「人との関わり」を育てるヒント
(1)“並んで遊ぶ”ことから始めよう
無理に一緒に遊ばせるのではなく、同じ空間で、それぞれが遊ぶ経験を大切に。
→ 兄弟姉妹や親子で「同じテーブルで別の遊び」「横に座ってそれぞれブロック」などから始めると◎
(2)大人が“かかわりのモデル”になる
子ども同士の関わりが苦手なときは、大人が間に入り、やりとりの“型”を見せてあげることが効果的です。
例:
「〇〇くんにも貸してって言ってごらん」ではなく
→ 「〇〇くん、ちょっと貸してね」→「ありがとう!」と大人がやりとりを見せる
(3)小さな“やりとり”を見逃さない
- ブロックを渡す
- アイコンタクトが増える
- 誰かのそばに近づく
→ こうした小さな関わりの芽を見つけたら、すかさず「いま、いい関わりができたね」と声をかけてあげましょう。
(4)安心できる環境で少人数から
大勢の中にいきなり入るより、少人数・静かな環境で関われる場面を作っていくことが重要です。
→ 園の自由遊び、家でのお友達とのプレイデートなど、“安全基地”のそばで少しずつ挑戦できると◎
(5)「関わること=楽しい」を増やしていく
大人とのやり取りの中で、遊びが楽しくなる、笑顔になれる、安心できるという体験を重ねることで、人と関わること自体にポジティブなイメージが育ちます。
第4章 それでも心配なときは相談しても大丈夫
- 極端に人を避ける
- 集団に入ると泣き続ける・パニックになる
- 他者への興味がほとんど見られない
- 言葉でのやり取りが成立しない
こうした状況がある場合には、発達の特性が関係している可能性もあります。
児童発達支援、療育センター、小児科や心理士などの専門家に相談し、子どもに合った関わり方を一緒に考えていくことが大切です。
最後に:「ひとり遊び」は“人と関わる力”の第一歩
「この子、ずっとひとりで遊んでる…」
「他の子に興味を持たないけど大丈夫?」
そんなふうに感じることがあるかもしれません。
でも、“ひとり遊び”は、“人との関わり”にたどりつくまでの大切なプロセスでもあります。
- 自分の遊びに集中できる
- 周囲の様子を観察している
- 自分のペースを守っている
それは、子どもが自分なりに世界と向き合っている証拠なのです。
無理に関わらせようとするのではなく、
「今の段階」を受け止めて、「その先」へのきっかけをつくっていく——
それが、子どもにとって最も自然な形で“関わる力”を育てる道です。
大切なのは、比べないこと、焦らないこと。
そして、「この子なりに育っている」と信じて、温かく見守ることです。