“友達のおもちゃが欲しくて、手が出てしまう…その時、親は何を教えるべき?”子どもの衝動性と、社会的ルールの学習プロセス

保育園や幼稚園から帰ってきた子どもが「今日、〇〇ちゃんのおもちゃ取られちゃった」または「〇〇ちゃんのおもちゃ、欲しくて…」と話す。親としては「ちゃんと『貸して』って言ったの?」と促したり、時には「人のものは取ってはダメ」と叱ったりすることがあります。
しかし、子どもが友達のおもちゃが欲しくて、つい手が出てしまう——。この行動は「悪い子だから」ではなく「子どもの発達段階における、ごく自然な現象」なのです。むしろ、親がこの時期にどのように対応するかが、子どもが社会的ルールを学ぶ、大切な機会なのです。この記事では、子どもの衝動性と、親が教えるべき社会的ルールについて、詳しく解説します。
子どもが物を「取ってしまう」理由
脳の発達段階——衝動性のコントロールがまだ未発達
子どもが友達のおもちゃに「手が出る」のは、親の躾が悪いからではなく、子どもの脳がまだ「衝動をコントロールする機能」を発達させていないからなのです。
特に、4歳以下の子どもの場合、脳の「前頭前皮質」という部分がまだ発達途上にあります。この部分は「欲望や衝動をコントロール」する機能を持っています。発達途上であるため、子どもは「欲しい!」と思うと、その衝動を抑えることが非常に難しいのです。
つまり、子どもは「意識的に悪いことをしている」のではなく「衝動に逆らうことができない状態」にあるのです。この発達段階の理解が、親の対応を大きく変えるのです。
「今、ここ」の欲求が最優先される
子どもは「今、ここで欲しい」という気持ちが、全てを支配します。「後で貸してもらおう」「明日、お友達の家で遊ぼう」というような「時間的な先延ばし」の概念が、まだ発達していないのです。
子どもの脳では「今、欲しい=今、手に入れなくてはいけない」という論理が成り立ってしまうのです。
他者の気持ちの理解がまだ十分でない
子どもが「友達が悲しい思いをするかもしれない」という理解は、まだ発達途上にあります。子どもは、その行動の「結果」を、完全には予測できないのです。
つまり、子どもは「友達を傷つけようとしている」わけではなく「その行動がもたらす結果」まで、思考が及んでいない状態なのです。
衝動性を理解しながらも、社会的ルールを教える
では、親は子どものこの「衝動性」をどのように受け止め、どのようにして社会的ルールを教えていくべきなのでしょうか。
「衝動=悪い」ではなく「衝動の表現方法」を教える
まず、親が大切な認識は「子どもの衝動そのものは悪くない」ということです。むしろ、「何かが欲しい」という気持ちは、子どもの学習欲求や好奇心の表れなのです。
実践のポイント
- 「欲しい気持ち」を否定しない(「そんなことを言ってはいけません」ではなく「欲しいんだね」と認める)
- 「欲しい気持ちの表現方法」を教える(「欲しい時は『貸して』って言おうか」と促す)
- 衝動性は「発達の過程」であることを親自身が理解する
このアプローチにより、子どもは「欲しい気持ちは大事」だが「その表現方法には、ルールがある」という学習をするのです。
物を取られた側と、取ってしまった側の両方の気持ちを理解させる
子どもが物を取ってしまった時、親は両者の気持ちを言語化してあげることが大切です。
実践のポイント
- 「〇〇ちゃん、楽しく遊んでいたから、悲しい気持ちになっちゃったんだね」と、友達の気持ちを伝える
- 「あなたも、欲しい気持ちが大きかったんだね」と、子ども自身の気持ちも認める
- 両方の気持ちが「どちらも大切」であることを伝える
このプロセスを通じて、子どもは「他者にも気持ちがある」という「心の理論」を、少しずつ発達させていくのです。
「貸してもらう方法」を親が一緒に練習する
子どもが「『貸して』と言う方法」を知らない場合、親がその方法を教え、一緒に練習することが非常に効果的です。
実践のポイント
- 家庭で「貸して」「いいよ」というやり取りの練習をする
- 親が「貸してくれるかな」と子どもに聞き、「いいよ」と答える場面を繰り返す
- 子どもが実際に友達に「貸して」と言えた時は、大いに褒める
このような「社会的スキルのトレーニング」により、子どもは「欲しい気持ちを、言葉で表現する方法」を学ぶのです。
失敗を「学びの機会」として捉える
子どもが何度も物を取ってしまう——。これは「子どもが学んでいない」のではなく「まだ学習過程にある」ということなのです。親が「何度も同じことをする」ことに対して、イライラするのではなく「ああ、この子はまだこの段階にいるんだ」と認識することが大切です。
実践のポイント
- 繰り返しの失敗に対して「何度も言ったでしょ」と責めない
- 「まだ学んでいる途上」という親の認識を持つ
- 毎回「『貸して』と言おうか」と、一貫性のある対応をする
この一貫性のある対応が、やがて子どもの「衝動のコントロール」を育むのです。
実際の場面での対応例
【場面1】子どもが友達のおもちゃを取ってしまった直後
❌親の悪い対応: 「何てことをするの!人のものは取ってはダメでしょ!」と、その場で強く叱る
✅親の良い対応: 「あ、〇〇ちゃんのおもちゃが欲しかったんだね。でもね、〇〇ちゃんも楽しく遊んでいたから、悲しい気持ちになっちゃった。『貸してください』と言ってみようか」と、子どもの気持ちを認めつつ、別の方法を教える
親のポイント
- 子どもの衝動性は発達段階の自然なことと理解する
- その場で強く叱るのではなく、別の行動方法を教える
- 友達の気持ちも、子ども自身の気持ちも、両方認める
【場面2】子どもが「『貸して』と言ったのに、貸してもらえなかった」と言っている場合
❌親の悪い対応: 「そりゃ、相手だって遊びたかったんでしょ。あきらめなさい」と、簡潔に終わらせる
✅親の良い対応: 「『貸して』と言ってくれたんだ。『貸してもらえなくて』悔しいんだね。では、『貸してくれたら、ありがとうって言おうか』と、ルールを教えると同時に『友達が貸してくれるまで待つ』という我慢も教える
親のポイント
- 子どもが社会的ルールに従った行動をしたことをほめる
- ルールに従ったのに「望む結果が得られなかった」ことの失望を認める
- 「ルールに従っても、いつも思い通りにはならない」という現実も、ゆっくり教える
【場面3】何度も同じことを繰り返す場合
❌親の悪い対応: 「何度も言ったでしょ。どうしてできないの」と、子どもを責める
✅親の良い対応: 「『貸して』って言う練習をしようか。何度も一緒に練習するから、大丈夫」と、根気強く、同じ対応を繰り返す
親のポイント
- 子どもの脳発達は、繰り返しの学習によって進む
- 責めるのではなく、一貫性のある対応の繰り返しが大切
- 「この子は、今、この練習をしている最中」という親の認識が重要
親の対応が、子どもに教えること
「欲しい気持ちは大事」という認識
親が子どもの「欲しい気持ち」を否定せず、その表現方法を教えることで、子どもは「自分の気持ちは大事」という認識を持つようになります。この認識が、子どもの自己肯定感を育むのです。
「ルールには理由がある」という理解
繰り返しの対応を通じて、子どもは「『貸して』と言うのは、相手を尊重するためのルール」という理解を、少しずつ深めていくのです。
「衝動のコントロール」というスキル
親の根気強い対応により、子どもの脳は「欲しい気持ちを感じても、まずは言葉で表現する」というステップを学びます。これが「衝動のコントロール」というスキルの基盤となるのです。
社会的ルールの学習は、長期戦である
ここで、親にとって非常に重要な認識があります。
社会的ルールの学習は、数週間や数ヶ月では完成しません。多くの場合、数年という時間が必要なのです。
子どもが「何度も同じことをする」のは「学んでいない」のではなく「まだ学習過程にある」ということなのです。親が焦りを持たず、根気強く、一貫性のある対応を続けることが、最終的には、子どもの「社会的スキル」を育むのです。
療育現場での実例
ある男の子は、友達のおもちゃをすぐに取ってしまうため、親から「人のものを取ってはいけません」と何度も叱られていました。しかし、子どもは繰り返し同じ行動をしていました。
親がアプローチを変え「欲しい気持ちは悪くない。『貸してください』と言う練習をしよう」という対応に切り替えると、状況が少しずつ変わり始めました。
最初の数ヶ月は、何度も物を取ってしまいました。しかし、毎回「『貸して』と言おうか」と促し続けることで、男の子は少しずつ「『貸して』と言う習慣」が身についていきました。
1年後、男の子は「貸してください」と言うことが、かなり習慣化し、物を取る行動は大きく減少しました。
重要だったのは「ルールを強制する」ことではなく「ルールに従うプロセスを、根気強く教える」ことだったのです。
衝動性は、発達の証
子どもが「欲しい物に手が出る」——。これは、子どもが「発達しているからこそ、生じる現象」なのです。
なぜなら、子どもが「欲しい」という気持ちを持つことは「好奇心や学習欲」の表れであり、その衝動に少しずつ「ルール」を加えていくプロセスが「社会的スキルの発達」だからです。
親が「この子の衝動は、まだコントロール中」と理解し、根気強く、一貫性のある対応を続けることで、子どもは「衝動と、社会的ルールのバランスを取る」という、人生で最も大切なスキルを、少しずつ習得していくのです。
今日も、子どもの「欲しい気持ち」と「社会的ルール」のバランスを教える、大切なプロセスが続いているのです。