兄弟喧嘩をしているときに、親は介入すべき?それとも見守るべき? 〜きょうだい関係の構築と、親の役割〜

兄弟姉妹がいる家庭では「兄弟喧嘩」は日常茶飯事です。朝から晩まで、子どもたちが喧嘩をしている——。親としては「いい加減にしなさい」と言いたくなることも多いでしょう。
しかし、ここで考えるべき重要な問いかけがあります。「兄弟喧嘩は、悪いことなのか」ということです。実は、兄弟喧嘩は「子どもにとって、最も重要な社会的スキルの学習の場」なのです。親が常に介入することで、子どもたちが学べるはずの「ことが学べなくなる」可能性もあるのです。この記事では、兄弟喧嘩の発達的意義と、親がいつ介入して、いつ見守るべきかについて、詳しく解説します。
兄弟喧嘩が、子どもに教えること
「対立」と「解決」の経験
兄弟喧嘩を通じて、子どもたちは「他者と対立する経験」をします。そして、その対立を「どのように解決するか」という経験も、子どもたちは学ぶのです。
例えば「あのおもちゃが欲しい」という対立が起こり、子どもたちが「貸して」「いいよ」というやり取りをして、解決する——。このプロセスを通じて「対立=悪いこと」ではなく「対立は、関係を深める機会」という理解が、子どもに生まれるのです。
「自分の気持ちを主張する」スキル
兄弟喧嘩の中で「自分はこう思っている」「自分はこれが欲しい」という気持ちを、主張する経験をします。
この「自分の意見を主張するスキル」は、将来「学校での人間関係」「職場での人間関係」で、子どもが必要になる、非常に重要なスキルなのです。
「相手の気持ちを理解する」共感能力
兄弟喧嘩の中で「兄が怒っているのは、こういう理由からなんだ」「妹が悲しいのは、自分がこんなことをしたからなんだ」という「相手の気持ちの理由」を理解する経験をします。
この経験が「共感能力」を育むのです。
「譲歩」と「交渉」のスキル
兄弟喧嘩の中で「完全に自分の主張だけを通すのは難しい」ということを、子どもたちは学びます。代わりに「少し譲り合う」「お互いの気持ちを考えて、落としどころを探る」という「交渉スキル」を学ぶのです。
このスキルは、生涯にわたって必要な「人間関係スキル」なのです。
親が介入すべき場合と、見守るべき場合
では、兄弟喧嘩の時に、親はいつ介入して、いつ見守るべきなのでしょうか。
親が介入すべき場合
安全が脅かされている場合
兄弟喧嘩が「物理的な暴力」に発展した場合、親は介入する必要があります。
実践のポイント
- 「殴る」「蹴る」というような暴力が起こっている場合は、速やかに止める
- 暴力を使わずに「言葉」で自分の気持ちを伝える方法を教える
- 何度も暴力が繰り返される場合は「なぜ、暴力を使ったのか」を、子どもに理解させる
親は「暴力は解決方法ではない」ということを、一貫性を持って教える必要があります。
一方的な支配や、いじめが起こっている場合
兄弟喧嘩ではなく「兄弟によるいじめ」が起こっている場合、親は介入する必要があります。
例えば「上の子が、下の子を常に支配している」「上の子が、下の子を意図的に傷つけている」というような場合です。
実践のポイント
- 被害を受けている子どもを、まず守る
- その上で「いじめは許さない」という親の強い意志を示す
- いじめをしている子どもに「なぜ、そのようなことをしたのか」を理解させる
親が見守るべき場合
単なる「意見の相違」による喧嘩
「どっちの遊びをするか」「おもちゃをどうやって分けるか」というような「意見の相違」による喧嘩は、見守ることが大切です。
実践のポイント
- 子どもたちが「どのように解決するか」を、観察する
- 親は「見守っている」という姿勢を示しつつ、介入しない
- 子どもたちが「自分たちで解決する経験」をさせる
時間が経つと、自然に解決する喧嘩
多くの兄弟喧嘩は「ちょっと一緒にいないようにする」「別々の場所で遊ぶ」というように「物理的な距離」が生まれると、自然に解決します。
実践のポイント
- 親が無理に「仲直りしなさい」と言わない
- 自然に解決するのを待つ
- 子どもたちが「自分たちで関係を修復する経験」をさせる
子どもたちが「お互いの気持ちを理解する」チャンスが、まだあるような喧嘩
兄弟喧嘩の中で「相手はどう感じているのか」を理解する機会がある場合は、子どもたちに「考える時間」を与え、見守ることが大切です。
実践のポイント
- 親が「相手がどう感じているか、考えてみて」と促し、子どもたちが自分たちで気づくのを待つ
- 完全に解決まで至らなくても「考える経験」が大切
親が見守る時の注意点
親が「見守る」と決めた場合でも、いくつかの注意点があります。
「見守っている」という姿勢を、子どもたちに知らせる
親が見守っている場合「見守っている」ということを、子どもたちに知らせることが大切です。
実践のポイント
- 子どもたちが見える範囲に、親がいる
- 「ママはここにいるよ。見守っているよ」という親の存在を、子どもたちが感じられるようにする
- 何か危険が起こったら「すぐに介入できる」という親の準備態勢が整っていることを示す
この「見守られている感覚」が、子どもたちに「安心」をもたらし「自分たちで解決しようと試みる勇気」を与えるのです。
喧嘩の「導火線」になっている状況を、事前に減らす
兄弟喧嘩の多くは「同じおもちゃをめぐる競争」「親の注目を巡る競争」など「きっかけ」が決まっていることがあります。
実践のポイント
- 親の注目を巡る競争を減らすために「各子どもとの1対1の時間」を作る
- 同じおもちゃをめぐる喧嘩を減らすために「子どもたちが共有できるおもちゃ」の数や配置を工夫する
- 朝の支度や就寝前など「親がイライラしやすい時間」に喧嘩が増えないか観察する
環境を調整することで「喧嘩の頻度」を減らすことも、親の重要な役割です。
子どもたちが「話し合いをする場」を作る
見守った後「子どもたちが、どのように喧嘩を解決したのか」を確認し、必要に応じて「話し合いをする場」を作ることが大切です。
実践のポイント
- 喧嘩が落ち着いた後「何があったの?」と、子どもたちに状況を説明させる
- 各子どもの「感じたこと」を聞く
- 親が「〇〇ちゃんは、こう感じていたんだね」と、相手の気持ちを通訳する
このような「振り返り」を通じて「喧嘩の経験」が「学習」に変わるのです。
実際の場面での対応例
【場面1】おもちゃを巡って、兄弟が喧嘩している場合
❌親の悪い対応: 「もういい加減にしなさい。ここはママが預からせてもらおう」と、問題の物を取り上げる
✅親の良い対応: 「どちらも、そのおもちゃが欲しいんだね。では、二人で『どうしようか』考えてみようか。ママは、ここで見ているよ」と、子どもたちが自分たちで解決するのを見守る
親のポイント
- 子どもたちの「気持ちを認める」
- 解決を「親の役割」ではなく「子どもたちの役割」と捉える
- 親は「見守る」という役割に徹する
【場面2】上の子が、下の子をいじめているような喧嘩の場合
❌親の悪い対応: 「いい加減にしなさい」と、一言で済ませる
✅親の良い対応: 「待ってね。下の子を、まず守るね」と下の子を抱っこし「上の子が、どうしてそのようなことをしたのか、理由を聞く」。その後「弟の気持ちは、どう思う?」と問いかけ、上の子が「相手の気持ちを理解する経験」をさせる
親のポイント
- 被害を受けている子どもを、まず守る
- その上で「いじめ」と「喧嘩」の区別を教える
- いじめをした子どもに「相手の苦しさ」を理解させることが大切
【場面3】兄弟喧嘩がエスカレートして、親が止めた場合
❌親の悪い対応: 「誰が悪いの」と、子どもたちに「犯人探し」をさせる
✅親の良い対応: 「何があったの?」と、状況を説明させ「二人とも、それぞれの気持ちがあったんだね」と受け入れ、その後「次は、どうしようか」と未来に焦点を当てる
親のポイント
- 「誰が悪い」という「勝者と敗者」の構図を作らない
- 両方の子どもの「気持ちを認める」
- 次への「解決策」を、子どもたちと一緒に考える
兄弟喧嘩を通じて育まれる、人生で重要なスキル
親が兄弟喧嘩の時に「見守る」という選択をすることで、子どもたちが学ぶことは、実は「学校での人間関係」「職場での人間関係」で、生涯必要になるスキルなのです。
- 「相手と異なる意見を持つこと」が、自然で健全なことであること
- 「対立を、どのように解決するか」という交渉スキル
- 「相手の気持ちを理解する」共感能力
- 「譲り合う」という協調性
これらは「学校の教科書」からは学べない、最も実践的なスキルです。
療育現場での実例
ある親は「兄弟喧嘩が多い」ことに対して「毎回、親が仲裁する」という対応をしていました。
その結果「子どもたちは、いつも親に解決してもらう」という習慣が身につき「自分たちで問題を解決する」ことができなくなってしまっていました。
親が「見守る」という対応に変えると「子どもたちは、自分たちで『どうしようか』と考え始めた」のです。
最初は「話し合いが上手ではない」状態でしたが、何度も何度も「見守られながら、自分たちで解決する経験」を通じて「子どもたち自身の『交渉スキル』が発達していった」のです。
重要だったのは「親が『見守る勇気』を持つ」ということだったのです。
兄弟喧嘩は「親子関係も育む場」
兄弟喧嘩の時に「親が見守る」という対応は「子どもたちのスキル発達」だけでなく「親子の信頼関係」も育みます。
子どもたちは「親は、自分たちを信頼してくれている」と感じ、その信頼に応えるために「自分たちで解決しよう」と試みるようになるのです。
親が「常に介入する」のではなく「見守る勇気を持つ」ことで、兄弟喧嘩は「親子が成長する、かけがえのない時間」に変わるのです。
今日も、兄弟たちの喧嘩の中で「人生に必要なスキル」が、少しずつ育まれているのです。