療育現場でSELを活用するという選択:SSTとの違いとPBSとの接点から考える

「この子、人の気持ちがわからないみたいで…」
「ことばでは言っても伝わらないんです」
「空気を読めないって、やっぱり特性なんでしょうか」
療育の現場では、こんな相談を保護者から受けることがよくあります。
そして、こうした困りごとへの対応として多くの事業所で導入されているのが「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」です。
確かにSSTは、場面ごとの“適切な振る舞い”を教えるという意味で非常に有効です。
ただ、その一方で私は最近、「SEL(社会性と情動の学習)」という考え方が、より本質的に子どもたちの“生きる力”を育ててくれるのではないかと感じています。
この記事では、療育におけるSELの可能性について、SSTとの違いやPBSとの関係も踏まえてお伝えしていきます。
🔸そもそもSELってなに?
SELとは、“Social and Emotional Learning”の略で、日本語では「社会性と感情の学習」と訳されます。
アメリカでは1990年代から教育現場で広まり、今では世界中でその有効性が認識されています。
SELが育てようとしているのは、いわゆる“非認知能力”。
具体的には次の5つの領域で構成されています。
- 自己認識(Self-awareness)
- 自己管理(Self-management)
- 社会的認識(Social awareness)
- 対人関係スキル(Relationship skills)
- 責任ある意思決定(Responsible decision-making)
簡単にいえば、自分の感情を理解し、他人と共感し合いながら、社会の中で自分らしく関わっていく力です。
🔸SSTとの違い:教えるか、育てるか
SSTは「適切な社会的行動」を教える手法であり、“スキル”の習得が目的です。
「友達にあいさつをする」「困ったら先生に相談する」など、具体的な行動をロールプレイやカードを使って練習することが中心になります。
一方、SELはもっと内面的で、“スキルを支える感情や価値観”を育てることが軸になっています。
例えば、
- なぜ友達にあいさつすることが大切なのか?
- 相手の気持ちに気づいたとき、自分はどうしたいのか?
といった“行動の背景にある心の動き”にアプローチするんです。
🔸つまり、
SST=振る舞いを「学ぶ」ための訓練
SEL=人との関係の中で「育つ」ための土台作り
支援の対象年齢や発達段階にもよりますが、SELは特に自己肯定感が育ちにくい子どもたちにとって、長期的に“生きる力”を支える学びになると感じています。
🔸PBS(ポジティブ行動支援)との接点
PBS(Positive Behavior Support)は、問題行動の原因を理解し、環境調整や肯定的な関わりで支援する方法です。
「叱る」や「制止する」ではなく、「なぜその行動が出ているのか?」を探るところから始まります。
ここでSELと深くつながるのが、感情理解と行動調整の支援です。
たとえば:
- “手が出てしまう子”の背景には、「言いたいことをうまく言えない frustration(フラストレーション)」がある
- SELでは、その感情に名前をつける練習や、自分で気持ちを整える方法(深呼吸、気持ちのカードなど)を取り入れる
つまりPBSが「行動の背景を理解し、環境を整える」のに対して、
SELは「その子の内面に“力”を育てていく」ことで行動を変えていくアプローチと言えます。
🔸療育の現場にSELを取り入れるとどうなる?
療育の目的は、「〇〇ができるようになる」だけではありません。
むしろ、「自分の存在を肯定し、自分らしく社会と関われるようになること」にあると私は思っています。
SSTは即効性があり、“スキル獲得”という目に見える成果が出やすい。
でもSELは、もっとじっくりと子どもの“内側”に育っていくものです。
たとえば、
- 自分の気持ちに気づけるようになる
- 相手の表情に目を向けられるようになる
- 自分の言葉で「助けて」と言えるようになる
これらはすべて、非認知能力であり、社会の中で自分らしく生きる力そのものです。
🔸まとめ:今こそ「SEL的視点」を療育に
療育の世界でも、「どうすればこの子が社会で自立していけるか」が問われる時代になっています。
支援者の私たちにできるのは、一時的な“ふるまいの正解”を教えることではなく、その子の内側にある“選択する力”や“感情を扱う力”を育てることではないでしょうか。
SSTやPBSも大切。
でも、それを土台から支えるのが、SELなのだと思います。
私たちが今、支援の現場にSELという“まなざし”を取り入れることで、
子どもたちの未来は、きっともっとあたたかく、しなやかなものになるはずです。