「診断を受けずに大人になった人たちへ」〜遅れて届く“療育の可能性”〜

私はこれまで、数えきれないほど多くの子どもと保護者、そして大人の方たちと出会ってきました。
その中で印象的だったのは、「大人になってから初めて発達障害の診断を受けた女性たち」の存在です。
子どもの頃には「ちょっと不器用」「集中力がない」「人間関係が苦手」と言われながらも、診断や支援にはつながらず、社会に出てから初めて“生きづらさ”の理由に気づく。
そんな人が、実はとても多いのです。
最近、イギリスの研究チームが「大人になってから発達障害と診断される人は、子ども期に診断された人とは遺伝的背景が異なる可能性がある」と発表しました。
つまり、“大人で気づく発達障害”は、これまでの理解では説明できない新しいグループなのかもしれません。
では、そうした人たちがもし幼少期に支援を受けていたら、何が違っていたのでしょうか。
そして、今からでも療育的アプローチは意味があるのか?
この記事では、これまでの研究と現場経験をもとに、「大人になっても支援は届く」という希望について考えていきます。
「発達障害」と気づかず大人になった人たち
児童発達支援の現場にいると、保護者面談の中でこんな話をよく聞きます。
「実は私自身もそうなんです」
「子どもの特性を見ていて、“ああ、自分もそうだったんだ”って気づきました」
発達障害と診断されるのは子どもだけではありません。
大人になってから診断を受ける人も増えています。
とくに30〜40代の女性に多く、彼女たちは社会に出てから、ようやく“生きづらさの正体”を知ります。
学生時代はなんとか成績を保てた人も、職場に出て環境が変わると、途端につまずく。
- 書類やメールのミスが続く
- 空気を読みすぎて疲れる
- 注意を受けると過剰に落ち込む
- 人間関係の板挟みで動けなくなる
「社会人失格」「私はダメだ」と思い込み、うつや適応障害を発症してから医療につながるケースもあります。
英チームの研究が示す「診断時期の違い」
2025年にイギリスの研究チームが発表した報告によると、
子どもの頃に発達障害と診断された人と、大人になってから診断された人では、遺伝的特徴が異なる可能性があるそうです。
つまり、“大人で気づく発達障害”は、同じ診断名でも、根本的な特性の現れ方や背景が違うのかもしれません。
この研究は、単に「見逃されてきた人が多い」という話ではなく、多様な発達の在り方を示唆しています。
一方で、それは「支援の手が届きにくい人たちが存在する」という現実でもあります。
子ども時代に支援を受けられなかった人たちは、社会に出てからようやく「自分には特性がある」と気づく。
その時点ではすでに、自己肯定感が低下し、長年の生きづらさを抱えているケースも多いのです。
幼少期に療育を受けていれば、何が変わっていたのか?
療育は、単に“子どものための支援”ではありません。
生き方の土台を整える支援です。
発達障害の有無にかかわらず、幼少期の経験は脳の可塑性に大きく影響します。
- 感情の調整
- 自己認識
- 他者との関係性
- 問題解決能力
これらは「非認知能力」と呼ばれ、就学後・就労後の適応力に直結します。
もし、診断を受けずに育った子どもたちにも、こうしたスキルを育む療育的アプローチが届いていたら――。
おそらく、大人になってからの生きづらさは、少し違っていたと思うのです。
私は、そう感じる現場をいくつも見てきました。
大人の支援にも“療育の視点”が必要
療育というと、まだ「子どものためのもの」というイメージが強いですが、
実際には大人にも応用できる支援モデルです。
たとえば、
- 認知行動療法(CBT)
- タスク管理・自己モニタリング
- 感情の可視化
- 環境の構造化
- コミュニケーションのロールプレイ
これらはすべて、療育で行っている支援と共通しています。
つまり、**療育とは年齢ではなく“脳の特性に合わせた支援”**なのです。
遅れて診断された人でも、環境調整や支援によって「自分を理解して対応する力」を身につけることができます。
“できるようになる”だけでなく、“自分を責めない”ことが最大の効果だと感じます。
支援が遅れた人に必要なのは「理解」と「リハビリ」
大人の支援では、次の2つのステップが大切です。
① 自分の特性を「理解」する
- どんなときに苦しくなるのか
- 何ができて、何が難しいのか
- どんな環境だと力を発揮できるのか
まず“自己理解”がなければ、対処も支援も始まりません。
このプロセス自体が、療育的アプローチの第一歩です。
② 社会の中で「再び練習」する
支援はリハビリと同じで、いきなり変わるものではありません。
- 失敗を恐れず試す
- 一緒に分析して次に活かす
- 成功体験を積む
この繰り返しで、人は「自分でもやっていける」という感覚を取り戻します。
これは子どもでも大人でも同じです。
支援のゴールは「生きやすさ」
療育の目的は、“発達を正常化すること”ではなく、生きやすくすることです。
発達障害は「治す」ものではなく、「理解して活かす」もの。
遅れて診断された人にこそ、
「あなたが悪かったわけじゃない」
「ただ、方法を知らなかっただけ」
と伝えたい。
そして、
「今からでも、支援はできる」
「環境を変えることはできる」
「一緒に考え、練習できる場所がある」
これを届けるのが、療育の本質だと思います。
終わりに――“支援は、今からでも間に合う”
発達障害の診断が遅れる背景には、社会の理解不足もあります。
“見えない特性”を「性格の問題」「努力不足」として片づけてしまった結果、
たくさんの人が自己否定の中で大人になりました。
でも、そこからでも立て直せる。
それが“療育”のもつ本当の力です。
療育とは、子どものためだけでなく、「もう一度やり直す力」を取り戻す支援。
支援が遅れても、理解と実践によって「自分を責めない生き方」に変えられる。
私は、そんな人たちをこれからも支えていきたい。
そして、社会全体が「特性を持って生きる人」を受け入れる文化をつくっていきたいと思っています。
療育センターエコルドでは、幼児期から学童期までの発達支援だけでなく、保護者支援・家庭支援にも力を入れています。
「もしかして自分にも特性があるかもしれない」と感じる方も、ぜひ一度ご相談ください。