“なんで怒ってるの?”がわからない——表情・気持ち・言葉をつなぐ力を育てる

「空気が読めない」「人の気持ちがわからない」と言われてしまう子どもたち
「友だちが怒っているのに気づかない」
「先生の注意にニコニコしてしまう」
「泣いているお友だちを見ても、何も言わない」
そんな姿を見て、「人の気持ちがわからないのかな」「思いやりがないのかな」と感じてしまう保護者の方もいるかもしれません。
でも実は、こうした子どもの多くは、“気持ちを理解しようとしていない”のではなく、
“表情・気持ち・言葉”のつながりをまだ脳の中で整理しきれていないのです。
感情を読み取る力は、年齢や経験とともにゆっくり発達していくもの。
そして、家庭の中での温かいやりとりが、その土台を支えています。
この記事では、「なんで怒ってるの?」がわからない子どもの見え方を、発達心理とコミュニケーションの観点から解説し、
保護者ができる“気持ちをつなぐサポート”を紹介します。
第1章:子どもは“表情”をどう見ているのか
表情を読み取るには、複数の力が必要
私たち大人は、顔を見ただけで相手の気持ちを推測できますが、
実はそれには多くの能力が関係しています。
- 視線を合わせる力(注意の焦点化)
- 顔のパーツをまとめて認識する力(視覚統合)
- 状況と感情を関連づける力(意味理解)
幼児期の子どもは、まだこれらの機能が発達の途中。
そのため、「笑ってる=うれしい」「眉が下がってる=悲しい」といった単純な読み取りはできても、
**「怒ってるけど本当は悲しい」**などの複雑な感情までは理解しづらいのです。
声かけ例
- 「ママの顔、今どんな顔に見える?」
- 「この顔、怒ってる? びっくりしてる?」
“表情を言葉にする遊び”が、感情理解の第一歩になります。
「目が合わない=気持ちがわからない」ではない
目を合わせないからといって、相手の気持ちに関心がないわけではありません。
多くの子どもにとって“視線を合わせる”ことは、情報が多すぎて負担になる行為です。
表情を直接見るより、声や動きから感情を感じ取るタイプの子もいます。
その場合、**「見る力」より「感じる力」**を使っているのです。
声かけ例
- 「ママの声、怒ってるように聞こえる?それとも笑ってるみたい?」
- 「顔じゃなくても、声のトーンで気持ちがわかるね」
第2章:“なんで怒ってるの?”がわからない背景
① 状況理解の難しさ
「怒っている理由がわからない」という子の多くは、
“その場の出来事と気持ちを結びつける”力がまだ育っていません。
たとえば、お友だちがブロックを取られて怒っていても、
「自分が悪いことをした」という因果関係に気づけないことがあります。
声かけ例
- 「〇〇くんはブロックを使ってたのに取られたから悲しかったんだね」
- 「怒ってるけど、それは“イヤだった”って気持ちなんだよ」
② 言葉による感情表現の未発達
「うれしい」「いやだ」「悲しい」などの感情語は、
日常の中で経験と結びついて初めて理解できます。
つまり、“気持ちを表す言葉のボキャブラリー”が少ないと、
相手の感情も読み取りにくくなるのです。
声かけ例
- 「ママ、ちょっとイライラしてるの」
- 「これは“びっくり”の顔だね。びっくりすると目が大きくなるよ」
大人が自分の気持ちを言葉で説明することが、
子どもにとって最高の“お手本”になります。
③ 感覚や注意の特性
自閉スペクトラム症(ASD)などの発達特性をもつ子どもの中には、
目の前の情報(音・形・色など)を細かく感じ取りすぎるために、
表情や声の変化を全体としてとらえにくいケースもあります。
対応の工夫
- 表情カードやイラストで“感情のモデル”を見せる
- 実際の出来事を写真で振り返る(例:「このときの顔、どんな気持ちだった?」)
第3章:感情理解の発達は“共感の練習”から
共感の芽は「まね」から育つ
乳児期から子どもは、大人の表情をまねて感情を学びます。
これを「情動模倣」といい、共感の原点です。
つまり、親の“表情”“声のトーン”“姿勢”が、
そのまま子どもの“感情の辞書”になっています。
声かけ例
- 「ママは“うれしい”から、こんな顔になってるよ」
- 「悲しいときは、目がうるうるするね」
「気持ちを教える」より、「一緒に感じる」
「怒ってる人がいたら“ごめんね”って言おうね」ではなく、
まずは「怒ってるね。〇〇ちゃんはどう感じる?」と、
気持ちを一緒に感じる経験が大切です。
声かけ例
- 「悲しい顔を見ると、胸がキュッとするね」
- 「怒ってる人を見ると、ちょっとドキドキするね」
感情を共有する時間が、相手の心を想像する力を育てます。
第4章:家庭でできる“気持ちをつなぐ”練習
① 絵本を使って感情の言葉を増やす
絵本の中のキャラクターは、気持ちを読み取る練習に最適です。
声かけ例
- 「この子は今どんな気持ちかな?」
- 「泣いてるね。どうしてかな?」
- 「もし〇〇ちゃんだったらどう思う?」
物語を通して、“気持ちを想像する経験”を積み重ねましょう。
② “今日の気持ちボード”を作る
1日の終わりに、「今日の気持ち」を顔マークで選ぶ習慣をつくります。
「うれしい」「がんばった」「ちょっとイヤ」など、
シンプルな感情から始めてOKです。
声かけ例
- 「今日はどんな気持ちマークかな?」
- 「ママは“うれしい”マークにしたよ」
感情を“目で見える形”にすることで、整理がしやすくなります。
③ 家族の気持ちを共有する時間を持つ
食事やお風呂の時間など、1日のどこかで「気持ち」を話す習慣を持つと、
“相手の感情を聞く”経験が増えます。
声かけ例
- 「今日うれしかったこと、1つ教えて」
- 「今日はちょっと悲しかったことあった?」
気持ちを話す場があるだけで、感情理解はぐんと深まります。
④ “怒る=イヤな人”ではないと伝える
感情理解が未発達な子どもは、「怒られる=嫌われた」と感じやすい傾向があります。
でも本当は、怒るのも“感情のひとつ”であり、人間らしい反応です。
声かけ例
- 「ママは怒ってるけど、〇〇ちゃんが嫌いなわけじゃないよ」
- 「怒るのは、大事なことを伝えたい気持ちなんだよ」
“怒り”を否定ではなく理解の対象にすることで、子どもの安心感が保たれます。
第5章:発達特性を持つ子どもの場合
ASD(自閉スペクトラム症)傾向がある場合
感情を“見たまま”に処理するため、文脈の理解が難しいことがあります。
その場合、「状況+感情+理由」をセットで伝えるとわかりやすくなります。
声かけ例
- 「ママはおもちゃを投げられてびっくりした。だから怒ったんだよ」
- 「お友だちはブロックを取られて悲しかったんだね」
また、イラスト・写真・動画を使って“気持ちの表情辞典”を作るのも効果的です。
ADHD(注意欠如・多動傾向)がある場合
相手の表情を見ていても、注意がすぐに別の刺激に移ってしまうことがあります。
そのため、“感情の継続理解”が難しい傾向にあります。
対応の工夫
- できるだけ短く具体的に伝える
- 強い口調ではなく、穏やかな声で落ち着かせる
声かけ例
- 「今、ママは“びっくり”してるよ」
- 「ちょっと休けいして、もう一回話そう」
第6章:相談を検討してもよいサイン
- 相手の気持ちを読み取ることが難しく、トラブルが頻発する
- 感情の起伏が大きく、相手の反応で混乱しやすい
- 表情やジェスチャーへの反応が乏しい
- 感情語(うれしい・悲しいなど)がなかなか定着しない
このような場合は、発達支援センターや児童発達支援事業所などで相談をしてみましょう。
臨床心理士・作業療法士・言語聴覚士などが、感情理解や社会性発達の面からサポートしてくれます。
最後に:“気持ちがわからない”のではなく、“まだつながっていない”だけ
「なんで怒ってるの?」がわからないのは、
子どもの心が未熟だからではなく、感情・表情・言葉の回路がまだ発達の途中だからです。
大切なのは、「教える」ことより「感じ合う」こと。
- 表情や声のトーンに気づいたら、いっしょに名前をつける
- 絵本や会話の中で、気持ちを言葉にする
- “怒る”も“悲しい”も大事な感情として受け止める
この積み重ねが、子どもの中に「人の気持ちはわかる」「自分の気持ちも大切にしていい」という土台をつくります。
気持ちを感じる力は、時間をかけてゆっくり育ちます。
今日の「なんで怒ってるの?」も、明日の「そっか、イヤだったんだね」につながっています。
焦らず、一緒にその橋をかけていきましょう。