“得意なことを見つけてあげるって…実はすごく大事”〜子どもの自信につながる「得意を伸ばす」アプローチの重要性〜

親として子どもに接していると、つい「できていないところ」に目が向いてしまいます。字が上手に書けない、運動が得意ではない、人間関係がうまくいっていない——。親心として「できないところをできるようにしてあげたい」という気持ちは当然です。しかし、療育の現場で何年も子どもたちに向き合っていると、実は反対のアプローチが、子どもの成長と自信につながることに気づかされるのです。それが「得意を伸ばす」という考え方です。
「できない」ばかりに目を向けると、子どもは何を失うのか
子どもの「できていない部分」ばかりを指摘されると、子どもの心には深いダメージが生まれます。毎日「字をもっときれいに書きなさい」「運動をもっともっと練習しなさい」という声を浴びせられる子どもは、やがて「自分はダメな子だ」という自己認識を持つようになってしまうのです。
この状態が続くと、子どもは新しいことに挑戦することを恐れるようになります。なぜなら「どうせ失敗するんでしょ」「自分なんかできないに決まってる」という思いが、無意識のうちに形成されているからです。これを心理学では「学習性無力感」と呼びます。親の良かれとした行動が、実は子どもから挑戦する勇気を奪ってしまっているのです。
一方、子どもが「できないこと」を親が一方的に修正しようとすると、子どもは親との関係で「評価される対象」となってしまいます。本来、親子関係は「自分をありのまま受け入れてくれる安全な場所」であるべきなのに、それが「改善されるべき対象」の関係に変わってしまうのです。
得意を見つけることが、なぜ子どもの自信につながるのか
では、「得意を伸ばす」というアプローチが、なぜそんなに重要なのでしょうか。
得意なことで成功体験を積む
子どもが得意なことをしているとき、子どもは自然と集中力を発揮します。「好きだから」「得意だから」という理由で、子どもは長時間その活動に取り組むことができるのです。そして、その過程で「できた!」という成功体験を何度も経験するのです。
この成功体験が積み重なると、子どもの脳には「僕(私)はできる人だ」という認識が形成されます。心理学では、これを「自己効力感」と呼びます。自己効力感が高い子どもは、新しい挑戦に対しても「やってみよう」という前向きな姿勢を持つようになるのです。
親からの信頼と尊重を感じられる
親が「あなたのこういうところがいいね」「得意なことをもっと伸ばしてみようか」と言ってくれるとき、子どもが感じるのは「親に認められている」という感覚です。これは親からの無条件の愛情の表現になるのです。
そして、親に信頼されていると感じた子どもは、親との関係がより安定します。安定した親子関係があるからこそ、子どもは「できていないこと」に向き合う心のゆとりも生まれてくるのです。
得意なことが「得意ではない分野」に波及する
興味深いことに、子どもが得意なことで自信を持ち始めると、その自信は他の領域にも波及していくのです。例えば、絵を描くことが得意な子どもが、その自信に支えられて「字も上手になりたい」という気持ちを持つようになることもあります。これは、子ども自身が「自分はできる人だ」という感覚を獲得したからこそ起こる現象なのです。
また、親も子どもの得意な側面を知ることで、その子を見る視点が変わります。「この子は、こんなに工夫ができる子なんだ」「こんなに創意工夫ができるなら、苦手なことだって工夫で乗り越えられるかもしれない」という見方が生まれるのです。
実際に、療育現場で見かける例
療育センターでの子どもたちを見ていると、得意を伸ばすことの効果は明らかです。
得意分野がある子どもの場合
例えば、算数は苦手だけど、物語を作るのが大好きな子。この子は、物語作成の活動では集中力が素晴らしく、どんどんアイデアが出てくるのです。そのとき、親も支援者も「この子は、こういう創造的な思考ができるんだ」ということに気づきます。
すると、親のこの子に対する見方が変わるのです。「算数が苦手」という部分は相変わらずですが、「でも、こんなに素晴らしい創造力がある」という視点が加わります。親の見方が変わると、親からの言葉かけも変わります。子どもも、親の視線の変化を敏感に感じ取り、「親は自分を認めてくれている」という安心感を得るのです。
結果として、親子関係が改善し、その安心感のもとで、子どもは「苦手なことにも挑戦してみようかな」という気持ちを持つようになるのです。
親が「得意」を見つけるためのポイント
しかし、多くの親が「うちの子には得意なことがない」と悩みます。本当にそうでしょうか。実は、私たちが「得意」という言葉で想像するのは、野球が上手とか、絵が上手といった、わかりやすいものばかりです。しかし、得意はそれだけではありません。
細かいところに気づく力
親は「うっかりしやすい子」と思っていても、実は「細かいところに気づく力がある」という見方もできるのです。例えば、親が「この子は忘れ物が多い」と評価していても、実は「記憶力は弱いけど、細部へのこだわりがある」という側面かもしれません。
人間関係を調整する力
「友達との関係がうまくいかない」と親が心配していても、実は「友達の気持ちを読み取ろうとしている」という力があるのかもしれません。これは、むしろ共感能力が高い可能性を示しているのです。
ルールを守る力
「融通がきかない」と感じる子どもも、別の見方をすれば「ルールを大事にする力がある」と言えるのです。この力は、将来、社会で非常に大切なスキルになるのです。
このように、親が「できていない」と思っていることも、別の角度から見ると「得意な力」に変わるのです。
実際の場面での対応例
【場面1】字が上手に書けない子の場合
❌親の悪い見方:「字が下手。もっと練習しなさい」
✅親の良い見方:「この子は、ストーリー作成では素晴らしい創造力を発揮している。この創造的思考力を大事にしよう」
親のアプローチ
・物語作成の活動を増やす
・「こんな素敵な話、思いつくなんてすごいね」と褒める
・その結果、子どもの自信が高まり、字を書く意欲も出てくる可能性がある
【場面2】友達との関係がうまくいかない子の場合
❌親の悪い見方:「この子は社交性がない。もっと積極的に」
✅親の良い見方:「この子は、友達の気持ちを読み取ろうとしている。その共感能力を大事にしよう」
親のアプローチ
・無理に「積極的になれ」と言わない
・「友達のことを気にかけるあなたの優しさ、素敵だね」と伝える
・その結果、子どもは「自分は大事にされている」と感じ、人間関係へのプレッシャーが減る
【場面3】こだわりが強い子の場合
❌親の悪い見方:「融通がきかない。もっと柔軟に対応しろ」
✅親の良い見方:「この子は、細部へのこだわりがある。この力を、将来の仕事などで活かしていこう」
親のアプローチ
・こだわりを否定しない
・「この細かさ、いいね。こういう丁寧さって大事だよ」と伝える
・そのこだわりを活かせる活動(細かい工作など)を提供する
「得意を伸ばす」が、苦手な部分の改善にもつながる理由
ここで、重要なポイントがあります。
得意を伸ばすことで、子どもは自信を持ちます。自信を持った子どもは、親との関係が安定します。親との関係が安定した子どもは、初めて「苦手なことにも挑戦してみようか」という心の余裕が生まれるのです。
つまり、「得意を伸ばす」→「自信がつく」→「親子関係が安定する」→「苦手なことにも向き合える」というプロセスが形成されるのです。
逆に、最初から「苦手を治そう」というアプローチをとると、子どもは「評価される」という プレッシャーを感じ、親との関係が緊張してしまいます。その状態では、子どもは「できない」ことにますます向き合えなくなるのです。
療育現場での実例
ある男の子は、字が上手に書けず、親から毎日「もっときれいに書きなさい」と指導されていました。その結果、子どもは字を書くこと自体が嫌いになってしまいました。
ところが、親が視点を変え「この子は、昆虫について詳しく知っている」という得意に目を向けると、子どもが急に変わったのです。昆虫について詳しく調べさせ、それについてのレポートを書かせる活動をしました。すると、子どもは「自分の知識を書き残したい」という動機が生まれ、字を書く意欲が湧いてきたのです。結果として、字もきれいになり、本人も「字を書くのもいいかな」という気持ちを持つようになったのです。
「得意を伸ばす」を親が実践するためのステップ
①子どもの「好き」や「得意」を観察する
親は、子どもが何に集中し、何に時間を使うのかを観察してみましょう。子どもが自然と向かっていくこと、それが得意の芽なのです。
②その活動を増やし、応援する
得意なことが見つかったら、その活動をさせる環境を整えてあげましょう。「こういうのって、得意だね」「続けてみたら」という親の応援が、子どもにとって大きな力になります。
③親自身が「この子のこういうところが好き」を見つける
最後に、親自身が「この子のこういうところ、私は好きだ」と思える側面を見つけることです。親がそう思うと、その気持ちは必ず子どもに伝わります。子どもは「親は自分のことを好きでいてくれている」という感覚を獲得することができるのです。
得意を伸ばすことは、親子関係を整える第一歩
子どもの自信は、親からの「あなたのことを信頼している」というメッセージから生まれます。そのメッセージが最も伝わるのは、子どもの得意なことを親が応援し、伸ばしてあげるときなのです。
「できていないことを治す」という親の使命感も大切かもしれません。しかし、その前に、親が子どもの「できていることに目を向ける」という視点を持つこと。その視点こそが、子どもの成長の土台を作るのです。
今日も、お子さんのもつ「得意」に目を向けてみてください。その「得意」を応援する親の姿勢こそが、子どもを育てる最高の栄養なのです。