苦手な食材を「食べてみようかな」と思わせる環境づくり〜偏食改善に向けた親の関わり方と、食事の時間を楽しくするコツ〜

「この子、野菜をぜんぜん食べない」「肉と米ばかり」「同じものしか食べない」——。偏食は、多くの親が悩む問題です。栄養バランスのことを考えると、つい「ちゃんと食べなさい」と強く言ってしまい、親子での食事の時間がストレスになってしまうこともあります。
しかし、療育の現場での経験から言えることは、偏食の改善は「子どもに無理強いする」ことではなく、「子どもが自分から『食べてみようかな』と思いたくなる環境を作る」ことなのです。この記事では、子どもの偏食を改善するために、親ができることについて、詳しく解説します。
偏食が起こる理由を理解する
偏食は「わがまま」ではなく「感覚の問題」
多くの親が、子どもの偏食を「ワガママ」と捉えてしまいます。しかし、実は偏食の背景には、子どもの「感覚」が大きく影響しているのです。
例えば、ブロッコリーの「もさもさした食感」が苦手な子どもにとって、ブロッコリーは「食べたくない食材」ではなく「食べるのが怖い食材」なのです。また、トマトの「酸っぱさ」や「ぬるぬるした食感」が、子どもの口腔感覚に強い不快感をもたらすこともあります。
特に、発達支援が必要な子どもの場合、この感覚の過敏性がより強く出ることがあります。親は「ワガママ」と判断する前に「この子にとって、この食材はどう見えているのか」を想像することが大切なのです。
過去の「失敗体験」が偏食を強化する
子どもが一度、苦手な食材で嘔吐したり、強く嫌な思いをしたりすると、その食材に対する拒否感がより強くなります。これを「条件付け」と言い、心理学的に非常に強力な学習なのです。
例えば、幼い時期に「ニンジンを食べて気持ち悪くなった」という経験があれば、その後ずっと「ニンジン=気持ち悪くなるもの」という関連付けが、子どもの脳に残ります。結果として、子どもは「ニンジンを見ると反射的に嫌」という反応を示すようになるのです。
親からの「プレッシャー」が偏食を悪化させる
「ちゃんと食べなさい」「残すなんてダメ」という親からのプレッシャーは、実は偏食を悪化させることが多いのです。
子どもが「食べたくない」という気持ちを持っているときに、親からプレッシャーをかけられると、子どもは「食事=ストレス」という関連付けを学んでしまいます。結果として、その食材への拒否感だけでなく「食事の時間全体」へのストレスも生まれるのです。
親の「一貫性のない対応」も偏食を強化する
ある日は「食べなさい」と強く言い、別の日は「もう食べなくていいや」と諦める——。親の対応が一貫していないと、子どもは「この食材への親の気持ちは何なのか」が理解できず、混乱します。この混乱自体が、子どものストレスになり、偏食が強化されるのです。
苦手な食材との関係を変えるための実践的なアプローチ
「強制」ではなく「選択」を与える
親が「これを食べなさい」と強制するのではなく、「このメニューと、このメニューのどちらにする?」と選択肢を与えることで、子どもに「自分で決めている」という感覚を持たせます。
実践のポイント
・食事のメニューに2~3個の選択肢を用意する
・子ども自身が「これなら食べてみようかな」と思える食材を、自分で選ぶ経験をさせる
・親は「選んでくれてありがとう」という感謝の気持ちで接する
この「選択」という経験が、子どもに「自分は食事に関して、主導権を持っている」という感覚を与えるのです。
「小さな成功体験」から始める
苦手な食材を急に「ちゃんと食べろ」というのではなく、「小さな成功」から始めることが大切です。
実践のポイント
・最初は「触ってみるだけ」からスタート
・次に「クンクン匂いをかいでみる」
・その次に「口に入れるけど、飲み込まなくてもいい」
・最後に「一口食べてみる」
このステップを何週間もかけて進めることで、子どもは「段階的に、その食材に慣れていく」という体験をするのです。重要なのは「各ステップを達成したことを、親が心から喜ぶ」ことです。
苦手な食材を「小さく、食べやすく」する
食材の形状や大きさを変えることで、子どもが食べやすくなることがあります。
実践のポイント
・大きな野菜は、細かく切る
・歯ごたえが強い野菜は、加熱して柔らかくする
・「もさもさした食感」が苦手な場合は、裏ごしにする
・色が濃い食材の場合は、少量ずつ、他の食材に混ぜる
食材を「子どもが食べやすい形」に調整することで、物理的な食べやすさが増し、心理的な「食べてみようかな」という気持ちも生まれやすくなるのです。
「苦手な食材」と「好きな食材」をセットにする
子どもが「苦手な食材」を「好きな食材」と一緒に食べると、心理的な抵抗が減ることがあります。
実践のポイント
・野菜が苦手な子には、ハンバーグに野菜を細かく混ぜて提供する
・味が濃いもの(ソースやカレー)と一緒に苦手な食材を出す
・好きなご飯やパンと一緒に、苦手な食材を少量添える
このアプローチにより、子どもは「苦手な食材=悪いもの」ではなく「好きなものと一緒に食べられるもの」という認識を持つようになるのです。
「親が美味しそうに食べる」ことの力
心理学では「モデリング」という概念があります。これは、子どもが親の行動を見て、同じように行動するようになる現象のことです。
実践のポイント
・親が「これ、おいしいね」と言いながら、その食材を食べている姿を見せる
・「〇〇ちゃんは嫌いかもしれないけど、ママはこれが好き」と伝える(無理強いではなく、親の好みを示す)
・家族で一緒に食べる場面を作り、他の家族が「おいしい」と言っているのを聞かせる
親が「その食材を美味しそうに食べている」という姿を見ることで、子どもの中に「あれ?もしかして、食べてみてもいいのかな」という気持ちが生まれやすくなるのです。
「食べなかったこと」を責めない
これは非常に重要なポイントです。親が子どもが食べなかったことを責めると、食事の時間がストレスになり、偏食がさらに強化されるのです。
実践のポイント
・食べられなかった場合でも「挑戦してくれてありがとう」と言う
・「今日は食べなかったけど、また今度チャレンジしようか」とポジティブに
・絶対に「食べないなんてダメ」と責めない
子どもが「食べなかった」ことが「失敗」ではなく「挑戦の過程」であるという親の姿勢が、子どもの偏食改善を大きく進めるのです。
食事の環境を「楽しい場所」に変える
苦手な食材を食べるよう促すことも大切ですが、その前に、子どもにとって「食事の時間が楽しい場所」であることが重要です。
実践のポイント
・家族で一緒に食べる時間を作る
・食事中は「ダメ」という否定的な言葉を避ける
・子どもが話したいことを聞く
・美しい食器や、季節ごとの食卓の装いを工夫する
食事を「栄養を摂取する義務」ではなく「家族と楽しむ時間」という認識に変えることで、子どもの食事への態度そのものが変わるのです。
実際の場面での対応例
【場面1】子どもが野菜を全く食べない場合
❌親の悪い対応:「野菜を食べなさい。栄養があるんだから」と強く言い続ける
✅親の良い対応:「野菜のなかで、触ってみたい野菜はある?」と選択肢を与え、子どどもが選んだ野菜から、「触る」「匂いをかぐ」というステップから始める
親のポイント
・強制ではなく、段階的なアプローチを取る
・子ども自身が「挑戦してみようかな」と思えるまで、焦らず待つ
・小さな成功ごとに、親が心から喜びを表現する
【場面2】嘔吐などの「失敗体験」がある食材の場合
❌親の悪い対応:「その時は気持ち悪くなったけど、今度は大丈夫かもしれないから食べてみて」と無理強いする
✅親の良い対応:「あの時は嫌な思いをしたんだね。だから今、その食材は見なくてもいいよ。でも、いつか『食べてみようかな』と思ったとき、手伝うね」と、子どもの気持ちを尊重する
親のポイント
・過去の失敗体験を、子どもが自分のペースで乗り越えるのを待つ
・親からのプレッシャーをかけず、子どもが「自分から挑戦したい」と思うまで、焦らない
・子どもが挑戦する気持ちを示したときに、初めて親がサポートする
【場面3】「同じものばかり食べたい」という偏食の場合
❌親の悪い対応:「毎日同じものはダメ。色々食べなさい」と禁止する
✅親の良い対応:「〇〇が好きなんだね。では、その食材に少しだけ、違う野菜を混ぜてみようか」と、好きなものを基軸に、徐々に食材を増やしていく
親のポイント
・子どもの「好き」を否定しない
・その好きな食材を活かしながら、食材の幅を少しずつ広げていく
・「同じものばかり食べる=悪い」ではなく「好きなものを軸に、食べ物の世界を広げていく」というアプローチをとる
偏食改善は「長期戦」である
ここで、非常に大切な認識があります。
偏食の改善は、数週間や数ヶ月で劇的に変わるものではありません。多くの場合、1年、2年という時間が必要になるのです。
親が焦りを持ち、「早く色々食べるようにならないか」と願うと、その焦りが子どもに伝わり、かえって偏食が強化されてしまうのです。
大切なのは「毎日、少しずつ、子どもが『食べてみようかな』と思える環境を作り続ける」という、忍耐強いアプローチなのです。
療育現場での実例
ある女の子は、野菜をほぼ全く食べず、親が毎日「野菜を食べなさい」と声をかけていました。しかし、その結果、食事の時間が親子間での「ストレスの場」になってしまっていたのです。
親の対応を変え、野菜を「触る」という活動から始めました。野菜を触って、「ツルツルしてるね」「ザラザラしてるね」と表現する。親も一緒に触り、「ママもこの野菜のザラザラ、好きだ」と伝える。
数ヶ月後、子どもが「これ、匂いをかいでみようかな」と自分から言うようになったのです。さらに数ヶ月後、「一口食べてみようかな」と言うようになりました。
結果として、1年かけて、その女の子は「野菜も食べられる子」に変わったのです。重要なのは、その過程で「親が焦らず、子どものペースを尊重し続けた」ということです。
食事の時間を「親子関係を育む場」に
苦手な食材を食べるようにさせることも大切です。しかし、それ以前に、親がすべきことは「食事の時間を『親子が一緒に楽しむ時間』に変える」ことです。
その時間が安全で、楽しく、親からの無条件の愛情を感じられる場所になれば、子どもは自然と「新しいことに挑戦してみようかな」という気持ちを持つようになるのです。
偏食の改善は、実は「食べ物」の問題ではなく「親子関係の質」の問題なのです。親が子どもを信頼し、尊重し、焦らずに見守る。その姿勢が、最終的には、子どもの偏食改善につながっていくのです。
今日の食卓も、親子で一緒に、子どもが「食べてみようかな」と思える環境を作っていきましょう。